京都府立植物園にて
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一般庶民が天皇を知ったのは、たかだか明治以降、政府・軍部が天皇崇拝を強制したからに過ぎません。
崇神(すじん)天皇 (3世紀頃?) 実在可能性が見込める初めての天皇と言われています。
※ この二人の間は、系図上は血が繋がっていることになっていますが、系図などいくらでも捏造できるので、信憑性はありません。
現天皇明仁(あきひと)氏 (1933.12.23- ) 2013. 5. 9 春の勲章親授式にて
日本を最初に統一的に支配したのは、現天皇明仁氏の先祖※にあたる崇神天皇(3世紀頃実在した可能性がある)と考えられています。
崇神天皇以降の古代期は、天皇王朝が政治を担った可能性が高いと言えますが、平安期に入ると力を失い、鎌倉武家政権の成立によって完全に権力も文化的影響力も失います。
一時 後醍醐天皇が政権を奪還しますが(建武の新政1333~1336)、すぐに失敗し武家政権に戻りました。
その後天皇が政権を握ることは二度となく、室町時代以降、落ちぶれ王朝として京都の片隅で細々と生き延びます。 戦国時代には日々の生活にも困窮するほどでした。
江戸時代も没落状態のまま、徳川家の指示に従い、形式的に征夷大将軍等の官位を授けることと年号を定めることだけが役目となります。
もはや天皇王朝は、政治的にも文化的にも全く表舞台に出ることはなく、民衆から忘れ去られた存在でした。
それが突然脚光を浴びるようになったのは、幕末から明治にかけての政権交代によってです。 この幕末明治維新で反幕府勢力が、軽くてパーな御輿として天皇を担ぎ上げ、倒幕の道具として活用したのです。
明治から敗戦までの旧憲法下でも、天皇は専制君主ではなく立憲君主であり、実質的に政策を決定していたのは政府と軍部です。
政府・軍部は、天皇神格化政策を強制的に推進し、天皇の影響力を人為的に高め政治利用することを狙いました。 しかし敗戦により頓挫します。
長い歴史の中で、このような天皇・皇室が、日本の伝統や文化に大きな影響を与えたはずはあり得ません。
明治以降生じた皇国史観に魅入られた人達がよく口にする、「日本の中心には常に天皇がいて民衆からの崇敬の対象であり続けてきた。」 などというのは、全くデタラメな妄想です。
© 2013 HIRAI HIROAKI
日本にとって、皇室(天皇・皇族)は無用の長物です。
前天皇 裕仁(ひろひと)氏 1989年1月7日87歳で死去
皇位継承順位1位 皇太子 徳仁(なるひと)氏 53歳
皇位継承順位2位 秋篠宮家 文仁(ふみひと)氏 47歳
皇位継承順位3位 秋篠宮家 悠仁(ひさひと)くん 6歳
昭和以降の天皇と今後の天皇候補者を上に並べてみました。
現行の憲法と皇室典範を前提にすると、今後の天皇候補は実質的に徳仁(なるひと)氏、文仁(ふみひと)氏、悠仁(ひさひと)くんの三人に限られます。
ところが、彼らは無用の長物。 実のところ、皇室(天皇・皇族)は日本とは異質のもので、その存在意義は無いと言ってもよいでしょう。
本来なら、先の敗戦を機に、軍の最高指揮官たる天皇裕仁氏も、東條英機氏らと一緒に戦犯として起訴・処罰(絞首刑)し※、天皇制度を廃止すべきでした。
米軍の占領政策上の都合で中途半端に天皇を残したため、「象徴」という訳の分からない形で天皇を憲法に組み込まざるを得なくなりました。
真相を言えば、天皇が日本の国民や歴史・伝統・文化を象徴しているというのは、全く事実に反した大ウソです。
皇室が政治や文化の中枢を担ったのは、千数百年前の古代のほんの一時期のみで、それ以降は落ちぶれ王朝として細々と生き長らえてきただけです。
従って日本の伝統・文化にほとんど影響を与えていません。 とても日本の象徴と呼べるものではありません。
それでもまだ、国民に皇室への敬愛の念があれば、存在意義がありますが、それも怪しいというのが実状です。 実は、心の底から本音で天皇を敬愛している日本人は皆無に等しいのです。
実際私の知人など三十人程に、“心底本音で”天皇を敬愛しているか尋ねてみました。 結果、イエスの答えはゼロ。 そして残りの大半は無関心、どうでもよいというものでした。 税金のムダ使いだという意見もかなりありました。
現憲法下では、天皇の国事行為に実質的な意味はなく、全く形式的なものなので、天皇制度を廃止しても何の支障もありません。
※ ただし、この時の極東国際軍事裁判(東京裁判)の不当性については留意する必要があります。
原子爆弾で広島・長崎の一般市民を大量虐殺するという人類史上最も残虐な戦争犯罪を犯したアメリカの行為は問題にされず、一方的に日本のみ断罪されるという極めて不当な側面を持つ裁判であることは明確です。
© 2013 HIRAI HIROAKI
もうひとつの皇室アルバム 天皇制度に関する記事集
ここ最近、天皇制度に関してコメントのやりとりが数多くありましので、改めてこれまでの天皇制度に関する私の記事を下に掲げます。(コメントをお寄せくださった方には、これらで再確認して理解くださるようお願いいたします。)
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11546342204.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11536912713.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11525646439.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11520274821.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11516972680.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11513148831.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11509363691.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11502659109.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11498538302.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11492204047.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11487250570.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11476042876.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11466597457.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11461804759.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11459857005.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11449321004.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11442998983.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11435046524.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11432794294.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11403108676.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11390033304.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11376038397.html
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http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11361745444.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11354925653.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11347476325.html
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http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11149995390.html
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http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11029715370.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11009306105.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10986283593.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10984887038.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10977989912.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10973363931.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10970584431.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10666662471.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10640633792.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10632978409.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10619294045.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10612251674.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10611339471.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10536780400.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10535088437.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10530644149.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10523259671.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10521708946.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10499118510.html
戦前・戦中ならこのような記事を公表すれば、不敬罪に問われ酷い目に遭わされ、非国民、国賊と罵られたでしょう。
言論・表現の自由が今後も保障されることを願ってやみません。
© 2013 HIRAI HIROAKI
「皇室の存在は、日本の伝統と文化そのもの」 ではありません。 むしろ、その破壊者です。
原子爆弾の熱線で全身大やけどを負った瀕死の少女
戦後の昭和天皇裕仁(ひろひと)・皇后良子(ながこ)夫妻
『 原子爆弾が投下されたことはやむをえないことと、私は思ってます。』
昭和天皇裕仁(ひろひと)氏はこのような発言をしました。 (1975年10月31日、日本記者クラブの会見にて)
→ http://www.youtube.com/watch?v=NQhVOTS0j7A&NR=1
記者の質問に答える昭和天皇裕仁氏(1901. 4.29-1989. 1. 7) 1975.10.31
昭和天皇裕仁氏は、大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)の最高責任者(統帥権者)でありながら、原子爆弾による一般市民への無差別大量殺傷を受けたことを、『やむをえない』 の一言で片付けました。 まさに裕仁氏は、無責任、愚劣極まりない唾棄すべき最低の人間です。
二つもの原子爆弾が投下されるまでに、戦争を終結させる機会は数多くあったにもかかわらず、何ら行動しなかった罪は極めて重大です。
安倍晋三首相は、天皇・皇族について、「皇室の存在は、日本の伝統と文化そのもの」 と発言。
しかし、上の画像や天皇の音声に接すると、むしろ皇室の存在は、日本の伝統と文化の破壊者であり、将来の日本をも危険に陥れる可能性さえあると考えざるを得ません。
なお下記も参照ください。
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11554743064.html
© 2013 HIRAI HIROAKI
竹田恒泰氏について
竹田恒泰氏(1975.- )
竹田恒泰氏、この人物を最近よく目にしませんか。
同氏は明治天皇の玄孫(孫の孫)であることを売りに近年マスメディアに取り上げられることが多く、作家活動に加え慶應義塾大学講師(憲法学)を勤めています。
現在、憲法学や日本の歴史研究とともに皇室の存続維持拡大のための皇室典範の早急な改訂(但し女系天皇には反対)を強く主張しています。
しかし、同氏の著書や論文※は、私も読んでみましたが、正直言って稚拙と言わざるを得ません。 事実、まとまな歴史学者からはほとんど評価されていないようで、保守系右派論客(渡部昇一氏など)の支持を得ているのみと言えそうです。 同氏の論文等への私の批評は後日詳しく掲載したいと考えています。
同氏は皇国史観の持ち主であり、保守系右派陣営に属して発言を続けています。おぼっちゃま育ちのせいか、語り口が柔らかく、皇国史観をソフトムードで国民の間に浸透させる役割を担わせるには好都合なようです。
こういう人物には十分注意すべきです。 旧皇族の子孫という華麗な経歴を持つゆえマスメディアが持ち上げ、本人の実力以上に露出の場を与えヨイショしてしまいがちになります。 なお、日本オリンピック委員会(JOC)会長竹田恒和氏の長男でもあるとのことです。
※ 竹田恒泰氏の、アパグループ第2回「真の近現代史観」懸賞論文 最優秀賞受賞論文 「天皇は本当に主権者から象徴に転落したのか?」
http://www.apa.co.jp/book_ronbun/vol2/images/2009jyusyou_saiyuusyu.pdf
なお、この賞の審査委員長は保守系右派論客の大御所渡部昇一氏、第1回最優秀賞受賞論文は、それが原因で防衛省を実質上クビになった田母神俊雄元航空幕僚長の「日本は侵略国家であったのか」です。 賞創設の趣旨からも審査員の顔ぶれからも、保守右派的歴史認識を持つ者しか入選受賞できません。
© 2013 HIRAI HIROAKI
天皇がいないと、日本が日本でなくなるとでもいうのでしょうか? 絶対にそんなことはあり得ません。
建国神話について講演する竹田恒泰氏(1975.- )
現天皇明仁(あきひと)氏 (1933.12.23- )
先日(7/8)の記事 「竹田恒泰氏について」 の続編です。
竹田恒泰氏は、天皇がいないと、日本が日本でなくなると本気で思っているのでしょうか?
明治天皇の玄孫を売りに最近メディア露出の多い同氏は、何よりも重要な政治課題は、皇統(天皇の血筋)の存続・維持だと強く主張、皇室典範の早急な改訂を要求しています。 皇室の存在は日本の伝統・文化そのものだとの考えのようです。
しかし、それはとんでもない間違いです。 実は日本の伝統・文化は、皇室とはほとんど無関係に育まれ発展してきたものであり、皇室の存在によって支えられているというような、そんな脆弱なものではありません。
天皇・皇室あってこその日本だということは、絶対にありません。
皇統なんか途絶えても、日本は日本らしく立派に存立できます。
竹田恒泰氏のような皇国史観の持ち主たちは、天皇・皇室や古事記・日本書紀の建国神話をいたずらに美化し、その幻想に酔いしれ快感に耽っているだけなのです。 その愚かな幻想を維持したいために天皇・皇室を必要としている。 実にバカバカしい連中です。
© 2013 HIRAI HIROAKI
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宇宙の美しさ不思議さ: キャッツアイ星雲(NGC6543)
原子爆弾と昭和天皇裕仁氏
68年前のきょう(8/6)、広島の一般市民の暮らす市街地が、米国の原子爆弾の実戦での実験場となり、上の写真のような惨状となりました。
これに関して、昭和天皇裕仁氏は、1975年10月31日、訪米から帰国した際に行なわれた日本記者クラブ主催の公式記者会見で、記者からの質問に対し、次のように回答しました。
【秋信利彦記者の質問】
天皇陛下におうかがいいたします。陛下は昭和22年12月7日、原子爆弾で焼け野原になった広島市に行幸され、「広島市の受けた災禍に対しては同情にたえない。われわれはこの犠牲をムダにすることなく、平和日本を建設して世界平和に貢献しなければならない」と述べられ、以後昭和26年、46年とつごう三度広島にお越しになり、広島市民に親しくお見舞の言葉をかけておられるわけですが、戦争終結に当って、原子爆弾投下の事実を、陛下はどうお受け止めになりましたのでしょうか、おうかがいいたしたいと思います。
【昭和天皇裕仁氏の回答】
原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾には思ってますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思ってます。
[ 記者会見時の映像(抜粋) YouTube]
→ http://www.youtube.com/watch?v=NQhVOTS0j7A&NR=1
→ http://www.youtube.com/watch?v=4b6VuxlBUYI
[ 記者会見全記録 PDF (4ページ目に該当の記録あり) ]
→ http://www.jnpc.or.jp/img_activities/img_interview/img_specialreport/specialreport_19751031.pdf
昭和天皇裕仁氏は、大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)の最高責任者でありながら、原子爆弾による一般市民への無差別大量殺傷に対して、「・・・・やむを得ない・・・・」の言葉で片付けました。
まさに昭和天皇は、無責任、愚劣極まりない唾棄すべき人間のクズと言ってよいでしょう。 原子爆弾の投下命令を下した米国首脳や爆撃機の搭乗員らと同じように、彼は何の痛痒も感じていないようです。
事実この後、被爆者団体などが抗議する事態になったのは、当然の成り行きでした。
なお同日の記者会見で昭和天皇裕仁氏は、戦争責任についても記者から問われ、信じがたいような厚顔無恥な回答をしています。
【中村康二記者の質問】
天皇陛下のホワイトハウスにおける「私が深く悲しみとするあの不幸な戦争」というご発言がございましたが、このことは、陛下が、開戦を含めて、戦争そのものに対して責任を感じておられるという意味と解してよろしゅうございますか。
また陛下は、いわゆる戦争責任について、どのようにお考えになっておられますか、おうかがいいたします。
【昭和天皇裕仁氏の回答】
そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしてないので、よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えができかねます。
[ 同じく記者会見全記録 PDFの4ページ目に該当の記録あり ]
裕仁氏は戦争責任を、「言葉のアヤ」、「文学方面」の問題と考えているのでしょうか、もしそうだとしたら、敢えて正真正銘のバカと言う他ありません。(何か別の意図があったのかも知れませんが。)
© 2013 HIRAI HIROAKI
脱原発政策に反対する
核融合科学研究所の核融合プラズマ実験装置 (岐阜県土岐市)
実は私は、原発推進派です。脱原発政策に反対します。このことは、すでにこのブログでも何回も書いています。(下記のブログ記事参照ください)
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11418140973.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11381638914.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11348912338.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11179389183.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10999766310.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-10931817024.html
実際、ドイツの脱原発政策も失敗しつつあります。
原発リスクの過大視も問題。卑近な例だが、たばこや交通事故のリスクの方が桁違いに高い。事実、福島原発事故の放射線が直接原因での死者や病人は一人もいない。(避難による損失はあるが)
今後文明化してくる膨大な人口をかかえる発展途上国や新興国のエネルギー需要をどうやって賄うべきか。
脱原発は先進国の贅沢なエゴです。現実的には原子力エネルギーの利用以外に解決法はあり得ない。原子力エネルギー無しでは、日本で言えば、江戸時代の文明に戻るようなものです。
その要請に応えるためにも、日本は世界に率先して原子力エネルギーの研究開発と安全な原発の建設を強力に推進すべきです。
日本の原子力技術(ハード・ソフト両面)は、新幹線技術同様、現在世界最高水準にあります。その技術で世界に貢献できます。
現在の原発は全て「核分裂」を利用したものですが、今度50年100年先を見据えた場合、「核融合」によるエネルギー創出にも力を注ぐべきです。
実は「核融合炉」は、災害等で万一全電源喪失しても、自動停止してしまい、暴走やメルトダウンは原理的に起らない。むしろ、より安全な原発を作ることができる。従来の核分裂方式の原発の再稼働・増設に並行して、この核融合方式による原発の実用化を急ぐべきです。現在は、実験炉段階ですが、可能な限り早く実用化のめどつけるべきです。
核融合科学研究所による説明:http://www.nifs.ac.jp/briefing/energy_13.pdf
さらに、反原発を声高に叫ぶいわゆる「進歩的文化人」の愚昧さに呆れ、反原発の薄っぺらな正義感に辟易とします。詳細は、下記の私のブログ記事を参照ください。
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11465342970.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11430274532.html
http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11396866679.html
反原発派の中には、竹田恒泰氏(=明治天皇の玄孫で皇国史観を喧伝することで有名)のように、「被災地を見舞われた天皇陛下のお考えを察して」 というようなバカげた理由を持ち出す人物もいます。
© 2013 HIRAI HIROAKI
竹田恒泰氏、天皇崇拝国粋主義者の愚劣な正体
竹田恒泰氏 (1975.10.24- )
日本の建国(古事記・日本書紀の神話部分)について講義する竹田恒泰氏
竹田恒泰(たけだつねやす)氏。 最近、テレビの「たかじんのそこまで言って委員会」という番組(読売テレビ制作 関東地区以外のほぼ全国で放映)でこの人物をよく目にしませんか。 準レギュラーのコメンテーターとして出演しています。
以前にも書きましたが、この人物、日本オリンピック委員会会長の竹田恒和氏の長男で、明治天皇の玄孫(孫の孫)にあたり、目下、天皇崇拝国粋思想の伝道師として売り込み中です。 作家兼慶応大学非常勤講師(天皇と憲法論)という肩書も持ちます。
昨年設立された 「日本国史学会」の幹部で保守論客の大御所小堀桂一郎氏や中西輝政氏の部下としても活躍しています。
また、「竹田研究会」なるものを全国各地で開催して講演し、またネット上でもニコニコ動画「竹田恒泰チャンネル」などを利用してその思想を喧伝しています。 その上、彼には腰巾着やお先棒担ぎが多数おり、支援を受けています。
彼は旧皇族の子孫という家系を持つ資産家の典型的な苦労知らずのお坊ちゃんで、家柄を笠に着た尊大・不遜な性格、特権意識、差別意識丸出しで、人への思いやりの欠如という人格上の決定的な欠陥があります。 これでは支援者も使い捨てられるだけでしょう。
その竹田恒泰氏が喧伝する天皇崇拝国粋思想の要点は次のようなものです。
日本は、紀元前660年神武天皇により建国され、以降万世一系の天皇を中心として栄える世界で最も歴史ある国家だ。 つまり天皇の存在があってこその日本であり、皇室の存在は日本の伝統や文化そのものである。 皇室の存続・維持・拡大は何よりも重要な政治課題であり、早急に対応策(皇室典範の改正等)をとるべきだ。 日本が行なった日清・日露・大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)は全て正義の戦いで、アジアを西欧の植民地支配から解放したのだ。 大戦末期の特攻作戦もやむなく必要な戦法だった。 それがなければ今の日本はない。 日本が戦った戦争は何も断罪される理由はない。 極東国際軍事裁判(東京裁判)の判決は全て間違っている。 日本の軍人や政治家に戦犯は存在しない。 天皇に戦争責任はない。 靖国神社は、東京裁判でのA級戦犯を合祀しても、英霊のため唯一の慰霊施設であり、首相や天皇が参拝するのは当然だ。 それを中国や韓国・北朝鮮に非難されるいわれはない。 日教組や多くのマスコミは、こうした考えに反対し国民を反日に洗脳する売国奴的存在だ。
以上のような思想が、日本の世界での孤立を招き、日本の将来を危うくすることに思い至らないのが、竹田恒泰氏の独善的な愚昧さを示しています。 また彼がもたらす最大の害毒です。
さらに竹田恒泰氏は、「Voice」、「正論」、「Will」 等保守系月刊誌に登場する論客、渡部昇一、田母神俊雄、櫻井よしこ、西部邁、八木秀次、西尾幹二・・・・・・等々 こうした保守系右派勢力にとって非常に都合の良い使いやすい便利な人物でもあります。
天皇を核とする国家体制を構築し、天皇の威光を楯に戦前のような社会に戻す。 治安維持法、不敬罪、思想・信条の自由の制限、言論・表現の自由の制限、軍国体制の導入等々、そうした狙いに合致するのが「竹田恒泰」なる男。家柄経歴とも申し分なく口も達者となれば、これほどの適任者は他にいない。
こうした勢力にヨイショされ、いい気になってはしゃいでいるのが「竹田恒泰」という愚劣な人間です。 決して彼の口車に乗せられてはなりません。
© 2013 HIRAI HIROAKI
「君が代」斉唱の強制に改めて反対する。
「君が代」歌詞
昭和天皇裕仁(ひろひと) 1901. 4.29-1989 1. 7
現天皇明仁(あきひと) 1933.12.23-
先日(9/19)の新聞(日経)に、「君が代斉唱 『目視確認を』、大阪府教育委員会 各校に通知」という記事が載りました。 (読売、朝日も同様の記事を掲載)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG19023_Z10C13A9CC0000/
(なおこれに先立って、大阪府は橋下徹大阪市長が知事時代の2011年6月、教職員に「君が代」の起立斉唱を義務付けた条例を制定しています。)
この記事を見て私は虫酸が走り、「君が代」を歌う歌わないは、各人の思想・信条に任せるべきであり、歌わない教職員や生徒がいても何も問題ないという思いを改めて深めました。
私自身、以前勤務していた会社で、記念式典等の際に式次第の一つとして「君が代」斉唱の場面が少なくとも百回以上はありましが、入社から退職するまで全て歌うのを拒否してきました。
実はその会社で、もう二十年以上前になりますが、社員が「君が代」をちゃんと歌っているどうか、「口元チェック」をした重役がいたのです。
私がいつものように口をへの字につぐんでいたら、式典が終わった後、その重役の部屋に呼びつけられ、なんで「君が代」を歌わないのかと詰問を受けました。 ただ、私が自分の信条として歌わないと答えると、「そうか」と言って納得してくれ、何の処分もありませんでした。 妙に話のわかる重役だったのが印象に残っています。 それ以降も管理職クラスに昇進しても一切歌わないまま会社勤めを終えました。
ところが、大阪府の公立学校の教職員になると、そういうわけにはいかないということになります。 卒業式等でちゃんと「君が代」を歌わないと厳しい処分が待っているのです。 あまりにもバカげています。
「君が代」の「君」が何を指すのかは諸説ありますが、旧憲法下では、当然のごとく「天皇」を意味し、現在も概ねそう解釈されています。 上の写真の人物昭和天皇(ひろひと)や現天皇明仁(あきひと)が「君が代」の主人公なのです。
そうなると、何でこの男たちに代表される「天皇」の世が末永く続くことを願わなければならないのか、ふざけるなと言いたくなります。
国歌はあってもよいのですが、それが「君が代」である必要はないし、あるべきではないと思います。 国歌としては新たなものを制定すべきです。 思想・信条の自由を保障する現憲法下では、「君が代」を国歌として認めたくない自由も保障されなければなりません。 (敬称略)
© 2013 HIRAI HIROAKI
零式艦上戦闘機(ゼロ戦)と、それ題材にした映画二本 「風立ちぬ」 と 「永遠の0(ゼロ)」
零式艦上戦闘機(ゼロ戦) 現存する飛行可能な貴重な機体。(米国所有)
零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦、大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)中、最も多く生産され戦争初期にはその優秀な性能で大活躍するものの、一方では多くの人命を道連れにして奪いそれと共に消えた悲しみに満ちた航空機です。
特に戦争の末期には神風特攻隊の主力機として使われ、搭乗員もろとも敵艦船に体当たり自爆を敢行するという残酷な運命を負わされました。
最近、このゼロ戦とその設計者堀越二郎を題材にした映画作品が二つ制作されました。
一つは宮崎駿のアニメ「風立ちぬ」(公開中)、もう一つは百田尚樹の小説「永遠の0(ゼロ)」を映画化したもの(12月21日公開予定)。
「風立ちぬ」は、初期の「風の谷のナウシカ」などに比べれば感動も薄く平板な作品。 宮崎作品の中では最低の出来と言わざるを得ません。 ただし反戦平和への思いは込められています。
他方「永遠の0(ゼロ)」は、原作の小説を読んだ限りでは、単なる戦争美化、お涙頂戴の駄作B級映画になることは容易に想像がつきます。
百田尚樹はかねてより、日本の戦争の正当化や自虐史観撲滅、韓国・中国の排撃に躍起になっており、言わずもがなといったところでしょう。 (敬称略)
© 2013 HIRAI HIROAKI
「靖国神社」 軍事施設としての醜悪さ
「遊就館」に掲げられた日の丸と旭日籏 やはり戦争とは切っても切れない関係
「遊就館」に展示されている旧日本軍の戦車
「遊就館」の天井に吊された戦争末期のロケット推進特攻用人間爆弾「桜花」
特攻隊員に贈られた花嫁姿の人形 遺書と共に展示され、感傷を誘うように演出されている
「遊就館」にはこうした戦争関連グッズもみやげものとして販売されている
「靖国神社」は、神社を装うものの、上の写真のように、実は戦争を煽り国民を戦場に駆り立て、感傷的気分を醸し出すことで戦争を美化することを目的とした軍事施設です。
© 2013 HIRAI HIROAKI
2千年以上・男系・125代・万世一系 は真実でしょうか? そのことに何の価値があるのでしょうか?
旧皇族の子孫で皇室研究家の竹田恒泰氏によると、『皇室が尊いのは、国の統治者となった家系が2千年以上、男系で125代も続いてきた、万世一系の歴史の重みが尊い』、ということだそうです。
しかし、同氏の言う「2千年以上」・「男系」・「125代」・「万世一系」は果たして真実でしょうか。 実は、歴史学的な根拠は極めて薄弱。 さらに科学的には全く根拠がありません。
同氏や渡部昇一氏など天皇崇拝国粋主義者が、そうあって欲しいと願望し、信じ込んでいるだけのことです。
もし仮に真実だったとしても、そんなことにどれ程の価値があるのでしょうか。 何の値打ちも無いし、「歴史の重み」などとは到底言えません。
皇室に尊い価値があると主張される方は、なぜそう思うのかお聞かせいただければ幸いです。
© 2013 HIRAI HIROAKI
神風特攻隊
大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)末期に、自己を犠牲にしてまで、祖国日本を守ろうとした神風特攻隊員の英霊には素直に敬意を表します。
実は、私の父もあとひと月も戦争が続いていたら、特攻に出撃する運命だったので、無関心でいることはできません。
最初の写真はとても有名なものですが、出撃を前にした特攻隊員たち、まだ17歳から19歳、あどけない表情です。
あとわずかしか命がないのに、飛行場に迷い込んだ子犬を可愛がる心優しさあふれる笑顔には感慨深いものがあります。
しかし特攻隊員を待ち受けていたのは苛酷な運命でした。多くの特攻隊員は目的を果たす前に次々に撃墜され、無念の死を遂げました。
それでも米軍には大きな恐怖と損害を与え、米兵の中には精神に異常をきたす者まで現れました。 それほど壮絶苛烈な攻撃だったのです。
そして、無線機を通して基地に聞こえてきた、特攻隊員たちが突入直前に最期に発した言葉の多くは、決して「天皇陛下万歳!」なんかではなく、「お母さ~ん!」だったそうです。
ところが、こうした神風特攻隊員たちの悲運を、お涙ちょうだい式に美化して見せ物にし、軍国的思想を煽る施設があります。 「靖国神社」付属の戦史博物館「遊就館」がその一つです。 その醜悪な見せ物小屋「遊就館」と「靖国神社」は、亡くなった隊員たちの崇高な遺志を裏切る愚劣なものでしかありません。
参照:→ http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11628819679.html
さらに、特攻隊員についてこんな誤解をしている人もいます。
・・・「自分たちの身を挺してまで、誇り高く勇敢に戦いぬくことができたのは何故か、それは日本国民が天皇陛下を中心に心を一つにして、まとまっていたからです。」・・・
実は、天皇を中心とする「国体」を護持するために特攻を志した隊員なんていません。 自分の愛する家族と祖国日本そのものを守ろうとして果敢に出撃していったのです。 本音では天皇裕仁(ヒロヒト)のことなんか、これっぽっちも頭になかったというのが真実です。(これは父から聞いた話とも符合します。)
© 2013 HIRAI HIROAKI
天皇を敬うことは決して愛国の必要条件ではありません。 みなさんは、本音で天皇を尊いと思いますか?
明治天皇(第122代) 睦仁(むつひと) 1852.11. 3-1912. 7.30 在位1868. 1.30-1912. 7.30
大正天皇(第123代) 嘉仁(よしひと) 1879. 8. 31-1926.12.25 在位1912. 7.30-1926.12.25
昭和天皇(第124代) 裕仁(ひろひと) 1901. 4. 29-1989. 1. 7 在位1926.12.25-1989. 1. 7
青年時代の裕仁 ヨーロッパ旅行時のものと思われる。
陸軍を閲兵する天皇裕仁(先頭に乗馬の人物)
旧憲法では、天皇は国家元首であると共に、陸海軍の統帥権者(最高指揮権者)でもあった。
現天皇(第125代) 明仁(あきひと) 1933.12. 23- 在位1989. 1. 7-
東日本大地震に際して、ビデオメッセージを読み上げる天皇明仁 2011. 3.16
東日本大震災の避難所を見舞う天皇明仁・美智子夫妻
避難所を視察して回る天皇明仁
避難所で被災者から話を聞く天皇明仁・美智子
夫妻
20年ぶりに社交ダンスを披露する天皇明仁・美智子夫妻 2013. 4.12
学生(学習院)時代の明仁
次期天皇候補 皇太子徳仁(なるひと) 1960. 2. 23-
【菊タブーと天皇崇拝主義者の主張】
このブログは、いわゆる「菊タブー」を一切気にせず、「天皇なるもの全て」に対して批判的な内容を綴っています。 そのため、天皇崇拝思想や皇国史観、国粋思想、保守右派思想を持つ人たちから、強い非難が数多く寄せられます。
天皇や皇族、天皇の制度や伝統を批判するなど、彼らにとっては、言語道断、到底許せない「不敬」極まりないことのようです。 中には電話で「命の保証はないぞ。」というような脅しすらありました。
彼ら天皇崇拝主義者の主張によると、天皇の血統(皇統)は、紀元前660年、初代神武天皇以来、今日まで男系の万世一系で125代、2763年間も連綿と継承されてきたとのことです。
【万世一系は確証が無く、伝説に過ぎません】
しかし、「紀元前660年」、「初代神武天皇」、「男系」、「万世一系」、「125代」は、いずれも科学的根拠も歴史学的根拠も無く、神話的伝説の域を出ません。
実際には、4世紀頃に国内を武力統一した豪族の長(崇神天皇説が有力)が大和朝廷を開き、以後天皇の血統は、何度か断絶した可能性があると考えられています。
【明治以降の各天皇に対する寸評】
《明治天皇睦仁》 幕末明治維新で倒幕派によって、軽くてパーな御輿(みこし)として担ぎ上げられただけ。
《大正天皇嘉仁》 不幸にも病弱なうえ知的障害があったため、政治上の実績は無し。
《昭和天皇裕仁》 形式的面が強いとはいえ、大東亜戦争(アジア・太平洋戦争)の最高責任者でありながら、優柔不断で無能をさらけ出す。 さらに戦争責任にも自覚無く、最後まで逃げ通した。
日本記者クラブ主催の公式記者会見(1975.10.31)で原子爆弾投下について問われ、「原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾には思ってますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思ってます。」と他人事のごとくにべもない返答。
さらに戦争責任については、「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしてないので、よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えができかねます。」と厚顔無恥とも言える呆れた回答。
詳細は、http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11587135933.html をご覧ください。
《現天皇明仁》 凡庸を絵に描いたような人物。 被災地を見舞うこととテニスぐらいしか能がない。 つでに同氏の長男で次期天皇候補皇太子徳仁について言えば、妻と娘に振り回される「いい人」だけが取り柄のとっちゃん坊や。
【天皇を敬うことは、愛国者であるための必要条件では絶対ありません】
私は祖国日本を心から愛する愛国主義者ですが、これらの天皇を尊いと思い尊敬したことなど一度もありません。 尊敬するに値することが天皇には全く見当たらないのです。 天皇を敬うことは、決して愛国者であるための必要条件ではありません。
天皇を敬愛してやまないという方々は、何ゆえ天皇を尊いと考え尊敬しているのでしょうか。 理解に苦しみます。
【万世一系を盲信し、その歴史の重みが尊いと主張する竹田恒泰氏】
天皇崇拝主義者と言えば、旧皇族子孫で明治天皇の玄孫(孫の孫)であることを売りに、最近テレビはじめ各種メディアによく登場する作家で学者の竹田恒泰氏なる胡散くさい人物がいます。 同氏は、国の統治者となった天皇の家系が2千年以上、男系で125代も続いてきた、万世一系の歴史の重みが自体が尊く、日本の伝統・文化そのものを形成すると強く主張。 彼を評価する右派保守論客の渡部昇一氏も同様のことを言っています。
【天皇の本当の歴史、 ほとんどの時代 一般庶民は天皇に全く関心がありませんでした】
しかし天皇は、古代に豪族の長として日本を武力統治し大和朝廷を成立させた後は、鎌倉武士政権時代に入り、完全に権力を失い権威も失墜、以来明治維新までずっと実質死に体のまま、一般庶民には忘れ去られた存在でした。 明治維新から敗戦までの期間だけ、旧憲法の下に形式的な皇帝に一時祭り上げられ、政府が国民に尊崇を強制したものの、敗戦、現行憲法でまた元の死に体に戻ったのが実情です。
こんな天皇が、尊いもので日本の伝統・文化そのものとは、よく言えたものです。 天皇崇拝主義者の思想は、戦前の天皇尊崇政策の残滓に過ぎません。
© 2013 HIRAI HIROAKI